第04回|望診

今回は「望診」という診察方法についてです。東洋医学で言う「望診」は、西洋医学で言う視診とは少し違います。古典の中で「望診」について「望んで知るを神という」という言葉があります。これは「望診」のみで患者の状態が把握できるということは神技であるといことですが、この言葉にはもう一つの意味があるように思います。それは「望診」というものはすごいものだから、その技を極めると神技を身につけることが出来る。ということを表しているような気がします。(これは個人的な意見ですが)

本題に戻りますが、望診とは読んで字の如く「望んで診察する」ことですが、これが視診と違うというのには理由があります。望診では「気色」(きしょく)を診ることが第一です。気色とは気がどういう状態であるかということですが、別に気が見えるというわけではありません。見える人はいるかもしれませんが、個人的には別に見える必要はないし、ただ見えても仕方がないと思っています。それでは気色とは何を見ているかというと、これはその人の雰囲気・生命力とでもいうのでしょうか。

気色が一番はっきり現われるのは眼ではないかと思います。よく重病の患者さんで目がうつろな人がいますが、こういう人は治療してもあまり効果がない人が多いですし、治療した後に眼が輝きをもつようなら、治療効果が出るかなと思ったりもします。この眼に表れる気色を「神気」といったりします。つまり視診に加えてその人の生命力そのものを感じるものを望診と言うのだと思います。(ちなみに舌診も望診の一部です)